令和2年6月18日

 本日、黒嵜隆弁護士による講演会が行われました。黒嵜様は22歳の時に、交通事故により突然、車椅子生活を余儀なくされました。当時は「なぜ自分だけ?」と悲観的になられたこともありましたが、「どうせ生きるなら楽しく、車椅子でもやれることを見つけよう」と考え、司法試験を受けることを決意したそうです。そして現在は、自らが立ち上げた弁護士法人フロンティア法律事務所で弁護士として活躍されています。

 黒嵜様は弁護士の傍ら、障害者の権利活動も盛んに行っております。その中で、障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act 以下:ADA法)というものに衝撃を受けたと仰っていました。ADA法は,障がいのある人に対する異なる取扱(直接差別)を禁止するだけでなく、表面上は中立的な基準・方針等が障がいのある人に不利益を及ぼすこと(間接差別)も禁止しています。また,使用者、公的機関、公共施設の所有者及び運営者に対し、「合理的配慮」「合理的変更」という積極的作為義務 を負わせる点も特徴の一つです。具体的には、黒嵜様が旅行でアメリカ行った際に、このADA法のおかげで、レンタカー屋に、車椅子の人が利用することのできる車が必ず1台は置いてあること、またカジノでは、寝たきりの人も車椅子の人も皆同じように遊べる環境が整っていたと仰っていました。バリアフリーと謳われている日本でさえも、このように徹底した環境は整備されていないため、衝撃を受けました。

 また、ADA法ができることとなったきっかけについてもお話ししていただきました。アメリカでは、1861年から1865年まで続いた南北戦争の後、人種差別を念頭に平等権を保障すべきということが強く主張されていました。そして、1960年代末にベトナム戦争の反戦運動が盛んとなり、人種差別撤廃運動をはじめに、1970年代には多くの団体が人権の平等のために戦う「公民権運動」が生まれたそうです。一方で、障がいのある人の権利を保障する法律に関しては、存在しないも同然であったそうです。そこから、障がいのある人自身が主体的に活動し、障がいのある人の権利を確立させ、1970年代初めには、障がいのある人も社会的、経済的活動に参加する権利を有するという考え方が徐々に社会へ浸透していきました。それと同時に、医療的区分に基づく障がいの種別によって障がいのある人を分類し「障がい」を専ら属人的なものであると捉える考え方(医療モデル)から、「障がい」は人種差別や性差別同様、社会的に形成されるものであると捉える考え方(社会モデル)に考え方が変化したしたことがあります。例えば、ある建物に車いすの利用者が入れない場合、足に問題があることではなく、スロープを設けていない建物に問題があると考えるように「障がい」概念が転換されていったそうです。日本においても2013(平成25)年6月26日に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(平成25年法律第65号)が公布されました。その際に、アメリカ同様、障がいの捉え方は従来の医療モデルから社会モデルに変化したことが転換点となったそうです。

 今回黒嵜様にアメリカのADA法の歴史や、「障がい」という概念についてお聞きしたことで、私は、差別されるカテゴリーが「障がい」であるだけで、現在話題になっている黒人差別問題も障がい者問題も根の部分では同じであると感じました。黒嵜様は、黒人差別問題について、トランプ大統領が市や州がデモを止めないと軍をもって制圧すると発言されたことに対して、アメリカのリーダーとしてのエンパシーに欠けていると仰っていました。確かに、このような考え方では黒人のみならず、障がい者や貧困層への配慮も同じなんだろうと私は思いました。ここで言う「エンパシー」、つまり異なる環境や思考を持つ人、他人に対して共感することは障がい者に対する環境を整備する上でとても大切なことであると考えます。

 先日、私は東京オリンピックのメイン会場、国立競技場の最寄である千駄ヶ谷駅を利用した際に、とても感銘を受けました。理由は階段ではなく広いスロープによるホームの移動が可能になったこと、エレベーターが拡充されたことがあります。どんな人でも平等に利用することのできるよう改良された千駄ヶ谷駅は、健常者と呼ばれる私たちでさえも利用していてとても気持ちの良いものでした。少しずつではありますが、日本でも障がい者に対する社会的障壁を無くす努力はなされていると感じました。

 今回の講義を受けて、社会全体でエンパシーを持ちながら、障がい者に対する環境を整えるために考え続けることの重要性を感じました。他人事ではなく、私自身も常に考え、共感し、活動に参加していきたいと考えます。

 最後になりましたが、大変お忙しい中、貴重なお話をしてくださった黒嵜様に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

4年 清水 麻央