令和5年5月18日

本日のゼミでは、厚生労働省過労死等防止対策推進協議会委員であり、過労死弁護団全国連絡会議代表幹事を務められている川人博先生にお越しいただき、「過労死・ハラスメントの無い健康な職場を」というテーマでご講演いただきました。講演では、過労死問題の歴史的な沿革から、統計的な状況、また、川人先生の携わった実際の裁判についてのお話などを伺いました。特に「実際の裁判」のお話では、裁判前までは「長時間労働の事実が認められなければ(ハラスメントによる精神的負荷の根拠だけでは)、被害者の自殺の、業務起因性を認定することは困難である」とされていた先の判断を覆すために、「実際の口頭弁論で何を強調したのか」についてお伺いすることができました。この事件をきっかけに、現実社会でハラスメントがなくなるための努力が行われるようになったとのことで、打ち出された判例の影響が、裁判所の外にも波及し社会を変えることができるのだ、ということを改めて実感させられ、感銘を受けました。法学を志すものとして、ゼミ生一同、大変貴重なお話をお聞きすることができました。

講義を聞く前から個人的な関心として、労働問題と資本主義との衡量の問題が念頭にありました。というのも、現実の社会では同業他社との競争が経済成長の動機として推奨されるところであります。講演中、過労死事案の起こる多くの現場で、業務量過多・人員不足の中で、過労死に加え不正が横行していることも往々にしてあるとのお話をお伺いしたのですが、つまるところ過労死の防止のためには使用者が適切な量の人員を雇用し、育成し、配置すればいいという話であるのに、使用者はどうして人員を増やすことをしないのか、と疑問を持ちました。利益追求のために社員の健康よりもコストを重視してしまうような「病んでしまった会社」について、私たちはどのような捉え方をすればいいのか、ある程度は吞まなければならないのかという趣旨のご質問をしたところ、病んだ経営は結局利益を生まないのだ、という回答をいただけて大変安心したことが、印象に残っております。お金を稼ぐために、また同業他社との競争で淘汰されないためには、ある程度の過重労働や労働環境の悪質さに目をつむらなければならないのではないか、と、昨今の状況を鑑み、暗く思いこみ始めていた節があったためです。私たちはこれからも、労働環境の健全化にまい進していかなければならないな、と認識を前向きに新たにしました。

また、コロナ禍でテレワークが推進されている現在特有の問題として、労働の「孤立化」のお話がありました。私は、孤独であることは、単に一人でいるという物理的状態のことではなく、精神的なものであると考えております。実際の事例でも、職場に出勤しており、同僚も同じ労働環境に連帯感を持って耐えている状況で、なおかつ恋人や家族が身近にいる状況であっても、過労死を選んでしまう例が存在します。コロナ禍の人の顔が見えず、信頼関係が築きにくい環境では、その孤独感は一層のものだろうと感じました。新しい労働環境での労働災害の実態はどう変わったのかの調査とともに、それに即した対策を考えていくことが必要であると感じました。

最後にお話しいただいたこととして、ブラック企業、ホワイト企業の境はない、というお話が大変印象に残りました。いくらホワイト企業としてもてはやされる企業であっても、業務の様態は部署によるし、5年後10年後は企業も、そして自分もどのような状況にあるかわからない。そしてそれはまた逆もしかりであるとのことで、どの企業にも両面があるということが真であるならば、どういう種類の仕事をしたいか、自分やりがいを感じるのは何であるのかを真摯に考え、将来を選んでいく必要があると実感させられました。

大学を卒業し、各々の目標に向かい社会に出ていく私たちにとって、これからの社会生活、職業生活に密接なかかわりのある事項について、大変ためになるお話を伺うことができました。本日はお忙しい中、ご講演いただき誠にありがとうございました。

3年 小林陽香