令和2年6月18日

 本日は黒嵜隆弁護士にお話をしていただきました。黒崎先生は大学生時代のオートバイ事故による車椅子生活を機に弁護士を目指したそうです。現在は自ら設立した弁護士法人フロンティア法律事務所で弁護士として活動しながら、障害者の権利擁護活動や飲食店経営など、様々な活動に取り組まれています。

 黒崎先生は1995年、1997年のアメリカ旅行において、障害を持つアメリカ人法(以下、ADA法)に強い衝撃を受けたとおっしゃっていました。1964年の公民権法は人種、肌の色や性別等による差別を禁止するもので、ADA法は障害者に対する差別を禁止する初めての法律として制定されました。そしてADA法は2つの意味で大きな影響力を持ちます。1つ目は積極的差別の禁止です。具体的には車椅子の方や視覚障害の方の入店拒否等が挙げられます。2つ目は合理的な配慮をしないことの禁止です。ここで障害に関する新たな概念が社会的に認められたそうです。具体的には障害者の社会参加を認めないことやスロープを整備しないこと等が挙げられます。ADA法制定以外にもレンタカーでは障害のある方用の車が多く用意されていたり、障害があっても快適にカジノができる環境づくりがしてあったりと、日本と比べて社会障壁が少ないということに気づきました。また生活に密着した場面だけでなく、カジノのような娯楽の場面にも配慮がされていることに衝撃を受けました。

 ADA法を受けて20年後に日本で障害者差別解消法が成立します。これを機に日本でも合理的な配慮をしないことの禁止が認められました。なぜこのように合理的な配慮に焦点があたったのか、黒崎先生から説明していただきました。一番の理由は障害の捉え方の変化です。障害を個人の問題だとする医学モデルから社会の障壁から生まれたとする社会モデルへと考え方が変化したことが一番の要因だとおっしゃっていました。仮にインフラの整備が進み、世の中の障壁が一切なくなった時には、さらに障害の捉え方が変化していくと考えました。しかし個人的な意見として、民間事業者の合理的な配慮の普及にはさらなる働きかけや環境づくりが必要だと考えました。私が以前働いていた二階建ての飲食店で車椅子の方に不自由な思いをさせてしまった経験があります。積極的差別をしないことはもちろんですが、最大限の配慮をした接客をしても、結果としてお客様に社会的障壁を感じさせてしまいました。合理的な配慮というのはどうしても個別具体的な判断となり幅広く、さらに民間事業者には努力義務にとどまるため、より個々人の社会モデル的考え方が求められていくと感じました。また今回の講義で「電動車椅子と航空機の搭乗拒否問題」に触れた際に、アジアで未だ残っている障壁を実感しました。日本でも社会インフラに関して多く問題は存在すると思います。しかし移動の自由のもとで、権利と安全性のバランスを保ちながら、障害の有無にかかわらずお互いを尊重できる社会の実現が必要だと感じました。

 講義を通して、障害を社会全体で抱擁することで、誰もが社会参加ができ、平等に能力を活かせる機会を得ることができると強く実感しました。また過去は変えられないが、前向きに行動し続けることで未来を創っていくことができるという可能性の大きさを学ぶことができました。「常識が常識でなくなる瞬間がある」という黒嵜先生のお言葉を受け、常識にとらわれずに、エンパシーを持って感性を磨き続けたいと思います。

 最後になりましたが、大変お忙しい中、貴重なお話をしていただいた黒嵜先生に心より感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

4年 城崎のぞみ