令和3年5月20日

 本日は厚生労働省・過労死等防止対策推進協議会委員、過労死等防止対策推進全国センター共同代表幹事、過労死弁護団全国連絡会議幹事長と多岐に渡りご活躍されている川人博先生に、「過労死のない健康な職場を」というテーマでご講演を頂きました。川人先生が幹事長を務めておられる過労死弁護団全国連絡会議では、過労死100番という活動をされています。これは、過重労働やハラスメントによる過労死・過労自殺等の労災問題にまつわる活動で、労災を防ぐための運動や相談事業を行っていたり、過労死を理解するための定義や労災認定基準、法的手続きの進め方等を紹介したりしています。今回伺ったお話もとても貴重なものでしたので、①過労死の現状と実態、②労災を無くすために考察すべきことの2点についてまとめさせて頂きます。

 まず、①過労死の現状と実態について、そもそも過労死とは業務上の過労・ストレスが原因で病気になり、死亡することを指します。病名・死亡原因としては、脳梗塞、くも膜下出血、心筋梗塞、うつ病による自殺等があり、過去15年間の労災申請件数の推移に注目すると、脳・心臓疾患の件数は横這いであるのに対し、精神疾患の件数は右上がりでおよそ3倍に増加しています。このことからもわかるように、近年の労災は精神疾患が主であるという特徴があります。また、警察庁の統計によれば、一日に約5人が労災により死亡している計算になりその発生件数の多さも大きな特徴であると言えます。
 労災は様々な要因が複雑に絡んでいる場合が多く、多角的に考える必要がありますが、その中でも特に印象に残っている論点として抑圧の移譲というものがありました。これは上の立場から下の立場へと恣意的に抑圧が巡っていく現象のことで、具体的には上司の上司→上司→労働者へと抑圧が移り、労働者がその抑圧を家庭に持ち込めば妻や子どもへのDV・虐待に繋がり、その子どもが学校でのいじめの加害者になり得ます。また、家庭に持ち込まず社会に向けて発散すると犯罪へと繋がるというものです。
 
上記を踏まえ、②労災を無くすために考察すべきこととして僭越ながら私の意見を述べさせて頂きます。15年前と比較して労災による精神疾患の発症が増加したことについて、この背景には労災に対する意識の変化があると考えます。昔は会社のために身を粉にして働くことが美徳とされる風潮があり、肉体的な負荷が大きかったであろうことは容易に想像がつきます。しかし当時も精神疾患を発症した人は存在したはずであり、平成23年になって精神的負荷による労災の認定基準が設けられ、精神疾患が労災と認められるようになったことが結果的に発生件数の増加に繋がったと考えます。
 また、抑圧の移譲のお話から、労災は社会で働く誰にとっても身近な問題であり、被害者にも加害者にもなり得る問題だと感じました。このことを知っているということだけでも、労災やそこから派生するトラブル防止の第一歩に繋がるのではないでしょうか。そして、労災は被害者の支援に目が行きがちですが、それと同じくらい加害者に寄り添うことも必要であると考えます。加害行為に対して非難するだけでなく、その背景にはどのような事情があったのか、加害者の負荷はどの程度だったのか、なぜその行為をしてしまったのかという考察が会社全体の実態の把握に繋がり、ひいては社会構造の改善に繋がります。コロナの影響もあり、職場環境や労働者の負担は大きく変化していますが、広い視野で問題を捉えることが大切だと感じました。

 社会に出る前のこの時期に、このようなお話を頂けたことは大変貴重な経験となりました。お忙しい中、ゼミ生のために時間を割いてくださった川人先生に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

3年 金子茜