菊池ゼミ 2022年度福島遠征1日目 感想               文:小出智貴

令和4年6月24日

 私たちは、2022年度福島合宿の1日目、南相馬市職員の方々のご案内の下、小高区において様々な形で活動なさっている方々を訪問させて頂きました。

〇震災が南相馬へ与えた影響

 まず、各場所の訪問の前に、震災時避難対応等の業務に携わっていらっしゃった現太田生涯学習センター所長の羽山時夫様に、震災が南相馬市に与えた影響、現状、そして課題等についてお話をお伺いしました。羽山様は、風評被害を含め原発災害が広範囲・長期間に及ぶ中で、市において急激な人口減少・高齢化が進行し農林水産業の衰退や働き手の不足、空き家・空地増加等を招いている状況や、公共施設等の「ハコモノ」が増える一方でその維持費等が自治体規模に合っていないという現状、更に避難指示区域の線引きによって市内でも各地域で避難行動に違いが出る等して人々の間に「分断」が起きていること、等の問題点を挙げていらっしゃいました。また、これらへの対応として、「目に見える部分」(ハード面)の復興から「目に見えにくい部分」(ソフト面)の支援へと取り組みを変えていくことの必要性や、その際の様々な課題について(職員の専門性・現場実態把握・地域包括ケアシステムの構築の難しさ等)ご説明を頂きました。高齢化等の南相馬における現状は20年先の日本の状況でもあるのではないかという問題意識を踏まえ、私達がその時に備え何を考え、何を行うべきか、その具体的な方策を検討していくことの重要性を、改めて実感する事ができたと思います。
 この後、私達は小高工房様、haccoba様、小高ワーカーズベース様、株式会社コヤギファーム様の順に訪問させて頂きました。

〇小高工房

 小高工房様では、「おだかぷらっとふぉーむ」の運営等の活動を行っていらっしゃる廣畑祐子様のお話を伺う事ができました。
まず、廣畑様は、3.11におけるご自身の経験や教訓についてお話しくださいました。廣畑様が仕事で外に出かけている際に地震が発生し、その時間は普段であれば御子息が学校からの帰途にいる時間帯であったため、津波に巻き込まれてしまったのではないかと考えたものの、御子息は偶然早く帰宅していた為巻き込まれず無事であった、というお話は、実際にあの日を体験した当事者の方の率直な目線でおっしゃっていたことも相俟って、特に強く印象に残るものでした。3.11という日付と、あの日あの時間何をしていたかという記憶とがしっかりと結びついているということ、そしてそれが持つ意味について深く考える機会となったのではないかと思います。私自身も、あの日に受けた何とも言えない感情について思い出すと同時に、生の意義等について思いが到りました。また、質疑応答の際には、おだかぷらっとふぉーむの意義(一番近くの人が笑うことが大事)等についてお答えくださった他、小高工房様が製造している、唐辛子を使ったゆず七味の試食等もさせて頂きました。ありがとうございました。

〇haccoba(地域おこし協力隊として移住した佐藤様・立川様が開業した酒蔵)

haccoba様では、代表を務めていらっしゃる佐藤太亮様にお話を伺いました。
haccoba様のお酒は、米や麹を使い日本酒の要素を持つ一方、ポップ等のハーブやフルーツ等も用いることで従来にない酒を造る、という「craft sake」をコンセプトとして、比較的小規模に製造を行うというユニークなものになっている、とのことでした。では何故、この南相馬・小高の地でそうした製造を行っていらっしゃるのか。佐藤様は、この地は人口減少が進んでいる為に0から町を創ることのできる地域であり、だからこそ新しいお酒、フロンティアなお酒を造るのに適しているのではないかと考えた、とおっしゃっていました。また、その意味で、「復興」という事をあまり意識していないということ、これからの10年は今までの10年と同様に「復興」を唱えていくのではなく、むしろカジュアルな普通の町にしていくにはどうするかを考えていく時期ではないか、ということもおっしゃられていました。「復興」という震災以前の状態への回復を焦点とする視点のみに拘束されることなく、更に広い視野・長い時間軸で街を創造していくという発想は、これからの社会保障を含めて、コミュニティー形成を検討する上で重要であると考えます。この他にも、haccoba様のお酒について、昔からのどぶろくとの関係や、酒業界内に留まらない他とのコラボレーション企画(閉鎖的環境にこもらずイノベーションを目指す)、建物のこだわりや酒造免許(「日本酒」の免許を取得するのは難しい)について等、お話は多岐に渡りました。貴重な御話を伺うことができ、ありがとうございました。

〇小高ワーカーズベース

 小高ワーカーズベース様では、企業支援を手掛ける早稲田大学出身の野口福太郎様にお話を伺いました(野口様は、就職先を考える中でワーカーズベースを訪れ、結果ここで働くことを決断なさったそうです)。
haccobaの佐藤様がおっしゃっていたのと同様、野口様も、現在の南相馬には多くの課題が山積している状態であり、その為、「百の課題に百の企画」ということで、インフラ整備等の企画・起業の種が多くある状態だとおっしゃられていました。正に、地域の再生そのものがスタートアップとなる状態であるということです。昨今積極的に起業することの重要性が各所で指摘されていますが、課題の多い地域だからこそ起業の余地も大きいというお話によって、ビジネスの話題について都会を中心に考えてしまう思考は偏っているのだということが浮き彫りになったと感じました。また、こうした状況で野口様は、企業支援だけではなく次世代の育成にも力を入れており、地域留学プログラム等も行っていらっしゃるとのことでした。後日ワーカーズベースのnoteを拝見させて頂きましたが、滞在型インターンやNA→SAプロジェクト(ソフトバンクやヤフーがサポート企業で参加する29歳以下対象の起業支援企画)等、様々な企画が実施されている様です。
野口様の御話を通し、地域で働くという選択肢や地域起業の可能性について理解を深めることができたと考えます。ありがとうございました。

〇株式会社コヤギファーム

 最後に訪問させて頂いたコヤギファーム様では、三本松貴志様にお話を伺いました。三本松様は酪農業を継いだ直後に震災に見舞われ、放射能測定や田畑維持管理に従事なさりました。その後2016年に高畠ワイナリーを訪れた際、ワインにより活気を南相馬に持ってくることはできないかという考えを発想し、作業等を学ばれた後2019年に初定植・法人設立に至ったとのことです。
元々酪農を営んでおられた中でブドウ栽培という決断をなさった背景には、他との競合・敵対がない状況だということに加え、他の方の土地管理を兼ねて土地を利用できるということ、栽培する種によって他との差別化を図ることができること等があるとおっしゃっていました。そして、原発から近い場所に住むことについて「ここでは住めないだろう」と決めつける人々に対し、いつかそうではない事を示そうという決意を抱いたという事もおっしゃっていました。そこに住んでいる方にとっては元々生活してきた土地であるものを、外部の人間が「被災地」という枠組みで簡単に括ってしまうことや、そこに住み続けていくという事の難しさや意味を安易に解釈してしまうことの問題性について、こうしたお話を通し理解への一歩を踏み出せたのではないかと思います。そうした問題が露呈した一つの例が、三本松様のおっしゃっていた、動物愛護団体による過剰な牛への保護なのではないか、とも考えます。
 また、こうしたお話の他にも、今後の展望や栽培の状況、栽培している種等について伺った後、畑についても見学させて頂くことができました。ありがとうございました。

 以上の様な様々な場所を今回訪問させて頂き、「被災」「復興」「地域創成」という言葉だけでは言い尽くせない現状を知ることができました。地域をどの様に再構築していくか、という私達の関心についても、個別具体的に状況を捉える事の重要性や、地域課題解決の方法として行政活動以外のものも存在しているということ等、ヒントとなる点が多くあったと考えます。
 最後となりますが、今回訪問先への案内を行ってくださった職員の方々、並びに各場所で貴重な御話等して下さった方々に改めて感謝を申し上げます。ご協力ありがとうございました。